京都府立医科大学 京都府立医科大学 外科学教室 心臓血管・小児心臓血管外科学部門
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患者様の体験談
1   樋口 秀治 様
2   匿名希望 様
 樋口 秀治 様
■ 2004.1 緊急冠動脈バイパス術(Off-Pump CABG)施行
樋口 秀治 様 平成15年9月29日、いつもと同じように会社へ出勤し仕事をしていると、息をするのがつらく肩で息をするようになり、産業医に診て頂くと「不整脈が出ている。」と言われ、しばらく休み帰宅、しかし10月1日の夜、激しい胸の苦しさで救急車を呼び、病院へ運ばれ狭心症と診断される。
 そのまま入院して治療を続けましたが、私の場合、35年前から血液透析、17年前には母親からの生体腎臓移植を行いました。拒絶反応を抑える為に免疫抑制剤を長期服用しており、その副作用かもしれませんが、1月5日に京都府立医科大学病院 循環器内科外来 辰巳哲也先生に心電図・心エコー等で診察して頂くと「心筋梗塞です。」と診断され、「すぐに手術の必要が有ります。」と告知されました。
 聞いた時は、それほどのショックは有りませんでした。今まで、「今日は自分の命日に成る」と思った事が何度も有り、生き抜いてきた事に変な自身が有りました。しかし、自分自身も長年の闘病の中で、年令も50才に成っており、「体力的に耐えられるのか、腎臓移植をした患者が心臓の手術に耐えられるのか?」と心配も有りました。
 ここまで生きて来られたのは、多くの先生から教えられた、自己管理の大切さのお陰だと思います。外来で診てもらうのは5分〜10分、その他は、自分の体は自分で守りなさいと言われてきました。
 でも今回の心臓については予備知識が全く有りません。手術を告知されてから心臓の血管造影検査を行いました。カテーテルで狭窄部位を膨らませられるかを行いましたが、残念ながら冠動脈は閉塞しており、夜久均先生が私の側に寄って来られ、冠動脈バイパス手術の必要性を説明してくださりました。
 現在の自分の状況は把握出来ており、手術しないと自分の未来の扉は開かないと判断し、夜久先生にお任せしました。自分は今まで、医者と患者の中で信頼関係が出来た時に最高の医療が出来ると信じて生きてきました。その時、夜久先生とは初めてお会いしましたが、何故か?失礼ながら「この先生なら大丈夫。」と思いました。今まで生きてきた直感か?本能か?精神的には穏やかな心境で退室しました。そして手術室へ行き、記憶はその当たりからあまり有りません。
 母親・兄に聞くと、手術時間は、冠動脈3本が閉塞していたので、12時間の大手術と成りました。気が付けばICUにいました。家族が「頑張りや」と言いながらも、私の身体につながっていたドレーン、点滴を見て涙してましたが、自分自身は、痛みも無くあまり気にはしませんでした。それより手術が終わった事に安堵していました。側に福本淳先生がおられましたが、その時は自分の主治医とも分からず、喉の渇きで看護師さんに何度か氷を戴きました。1日が経過して福本先生より「ICUから一般病棟へ移ります。」と言われました。
 福本先生から2日目に「歩きましょう。」と言われ、初めは冗談かなぁと思いました。看護師さんにも聞くと、歩いた方が心臓にも良いと言われ、渋々歩きました。しかし、意外と歩けるもんだなぁと自分自身に驚きました。その後は、性格的に心配症の私、色々と考えてしまい、不眠症が続き精神状態が不安定になり、深夜、古市看護師に「家族に電話して来てほしい。」とお願いしました。
 福本先生、長田先生、看護師さん、家族の多くの優しさに支えられながら頑張る事が出来ました。また、看護師さんには、本当に申し訳なく毎日ナースコールの連発でした。でも看護師さんは、誰一人嫌な顔もせず、笑顔で接して戴いて、感謝の気持ちで一杯です。
 薬は、血液をさらさらにするバイアスピリン(100mg)と脈拍を減らすセロケン(20mg)を服用し、血圧・脈も精神的にもしだいに安定し、心臓の状態を診る為、看護師さんに付き添われながら、廊下・階段で心臓の負荷試験を行い、直後に心電図検査で状態を診てもらいました。検査結果が良好の為、福本先生が「退院しても良いですよ。」とおっしゃられ、ひと安心し、1月18日の手術後13日目で退院しました。
 その後は、自宅にてリハビリの毎日で、5km/日を目標に歩いていました。
 その後も順調で、3月9日には職場復帰し、現所属 総務部の賃金関係・保険関係の仕事を楽しく処理しております。
 私生活では、野球観戦に甲子園へ行ったり、ボーリングにもチャレンジしたり、楽しんでおります。
ボランティア活動 また、ボランティア活動で移植患者さんの世話役をしております。また8月の全国移植者スポーツ大会にも参加し、ローンボウルス競技(芝生の上で行うカーリングに似た競技です)に出場するつもりです。先生、看護師さんに金メダルを是非見てもらいたいです。 来年はカナダで開催の、世界移植者スポーツ大会にも参加したいと思っています。
 心臓手術は生まれて初めての経験でしたが、命の贈り物を戴いたような感じです。
 今後も、この命の贈り物を輝かし、自分の為にも人の為にも生かしていきたいと思います。
 人の価値観は違いますが、当たり前のように息が出来る事に幸福を感じています。
 先生、看護師の皆様、そして家族に感謝の一言では言い尽くせない気持ちです。
 心より感謝申し上げます。
 匿名希望 様
■ 2003.10 僧帽弁形成術施行
匿名希望 様 私は思いがけず不運にも心臓を悪くしました。しかし、それ以上に幸運にも素晴らしい先生方に出会い、手術をして再び元気になることができました。手術をして本当によかったと心からそう思えます。
手術をする一ヶ月程前のこと。日常行う動作や運動で、首の血管が激しく脈打ち、息が上がり話すこともできない症状が急に出だし、夜中に途切れることのない苦しい咳が出ました。重度の心不全を起こしており、僧帽弁の腱が切れ、80%もの血液が逆流していたのです。
急速に短期間でそこまで進行したようで、以前から僧帽弁の逸脱が少しあったものの、それまでの私は、長年、仕事にも就き、周りからも元気だと言われることが多く、行動的に海外を一人で旅することも。そのようなことが再び出来るようになれるのか、夢といおうか、やりたい目標があり、心臓がここまで悪いなんて・・・かなりショックでした。しかし、先生がとても親身になってくださり、弁形成のことを知ってからは、手術をしたい、再び元気になりたいと強く思いました。そして、紹介してくださった先が、京都府立医科大学の夜久先生で、手術は大変うまくいき、80%もあった逆流は全くなくなったのです。
経過も順調で、手術の翌朝にはICUから病棟へ戻ることができ、午後にはベッドから起きて病棟の廊下を少し歩きました。最初は驚いたのですが、歩くことによって腸が動き、回復を早めるそうです。食事も手術の翌日から以前と変らぬ食事が出てきましたが、さすがに食欲はありませんでした。しかし、それも数日のこと、食欲と共に体の中から元気が湧いてくるようでした。数日後には、洗髪やシャワ−も可能になり、これらは、その人の状態や経過によって違ってくるのでしょうが、「まだ手術して間もないのに?」と驚くことが多く、心臓なんて大手術後はしばらく安静にして、回復に時間が掛かるという勝手な思い込みは、身を持って改めさせられたのです。術後7日位で退院可能な状態となり、14日目で退院しました。家では体を気遣うあまり入院時よりも体力的に後退を感じることもあり、目標を持とうと、術後1ヶ月半程で仕事復帰しました。職場の温かい理解と協力のもとで、今から思うと仕事をしたと言うよりも、リハビリをさせてもらったと言った方が正しいでしょう。徐々に体を慣らすことができ、体力も随分と戻り、思っていたよりも早く、以前の勤務体制にまで戻ることが出来ました。この職場がなければ、こんなにも早い回復はありえなかったでしょう。その人それぞれに適した回復のあり方があり、決して急ぐ必要もありませんが、ただ私は、よくなりたい、早く元気になりたいという気持ちが強く、手術後の過程、まだ早いかと思われた仕事復帰は大変良かったと思います。そして二年目の現在は、物事を楽しむ余裕が出てきました。心臓を手術してもこんなに元気でやりたいことができる。自ら証明していきたいと思います。心からありがとうございました。
 
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